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オランダはチューリップの国だ。
しかしチューリップはもちろんオランダ原産の花ではない。16世紀半ばごろトルコに派遣されたオーストリア大使が初めて北ヨーロッパに伝えたという。水仙やヒヤシンスも同時に紹介されたらしい。この時代、人々はしきりに新しい花や植物を求め始めていた。
イスタンブールは当時ヨーロッパよりもはるかに高度な文化を誇り、宮廷は豪華絢爛をきわめていた。オーストリア大使の目には、華麗に咲き誇るチューリップもスルタンの栄華の象徴と見えた。
大使はぜひともこの花をウィーンに紹介したいと思った。持ち帰られた球根はオランダ出身の植物学者カロルス・クルシウスの手に渡った。彼はハープスブルクの宮廷に仕え、宮廷植物園の創設にあずかり、外来植物の研究に打ち込んでいた。しかしプロテスタントであったために皇帝の寵を失い、フランクフルトをへて、やがてオランダのライデン大学に移った。このときクルシウスはチューリップの球根を携えていた。
この年、1593年がオランダのチューリップ元年となった。
当時、海洋国として躍進しつつあったオランダはヨーロッパの商業の中心地となり、市民たちは豊かな生活を享受していた。花を愛でることは彼らのたしなみであり、珍しい外来種の花を育てることはいわば富を誇示できるステータスシンボルであった。華やかなチューリップはまさにうってつけの花だった。
デルフト焼きのチューリップ用花瓶まで売りだされた。花瓶にはいくつもの穴があり、そこに茎を1本ずつ差す特異な形をした花瓶だった。上流階級の女性たちのあいだでは髪や胸にチューリップを挿すことが流行となった。
チューリップ愛好家は瞬く間に増えていった。それとともに品薄になり、球根の価格は徐々に高くなっていった。しかし高ければ高いほど、裕福な市民たちは、チューリップをますます気持ちよいステータスシンボルとして活用することができた。

やがて第二の段階がやってくる。投機家が参入してきたのだった。花そのものは眼中になく、ただ球根の売買でひと儲けを企む連中だった。
ここまでくれば、あとは私たちも知っているバブルの狂乱が待ちうけるだけであった。
オランダ人たちはバブルの中から新しい取引形態を発明した。先物取引である。球根の売買は7月から9月頃にかけて行われるはずだったが、現物なしで年間を通じて取引するようになった。取引も商品取引所ではなく、飲み屋で1杯やりながら商談する始末だった。しかも支払いには現金ばかりか家畜や穀物や家具もあてられた。
高騰しつづけていた球根の価格は、1636年11月から一気に跳ね上がり、上昇の一途をたどったが、翌年2月に突然バブルがはじけた。球根の買い手はいなくなった。
不確かな数字だが、高級品種の球根1個に対して、1万フロリンが支払われたという。これはなみの職人の40年分の年収にあたると計算する人がいる。あるいは球根1個の支払いに家が1軒あてられたともいう。この異常な取引がどこかで終わることは当然のことであった。ただだれが儲け、だれが損するか、それが問題だった。後始末は行政当局にまかされ、破産者を出しながらも、ようやくバブルは終息した。
一方、値段が高騰し続けたためにチューリップを買えなくなった市民たちは、チューリップの代わりに花の絵を飾って我慢することにした。絵のほうがチューリップよりもはるかに安くなっていたのだ。しかも好景気にわくアムステルダムを目指して、画家たちがヨーロッパ各地から集まってきていたから、この希望は容易にかなえられた。

チューリップ・バブルの時代は、オランダ静物画発展の時代に重なっていた。1600年頃から、花、本、食器、魚、食卓、楽器など日常生活になじみの物を描く新しいジャンルが生まれた。画家たちは自然を研究し、いかに本物と見まがうように描くか、そこに力を注いだ。宗教画とは異なった、市民意識に目覚めた新しい共和国の新しい絵画だった。
チューリップは画家たちにとって魅力的なモチーフだった。しかもこの画家たちは、先物取引のための商品見本を描く注文を受けていた。静物画とチューリップ・バブルが奇妙な2人3脚を演じ、バブルが静物画を発展させるエネルギーになった。
史上初めて記録されたこのバブルは、最近の研究によればある程度、富裕な階層の狂乱だったようだ。しかし、一般にはひろく庶民をも巻き込んだ狂気だったと信じられてきた。たしかにこれは現代の悲喜劇を暗示したバブル劇の第一幕であった。
丸の内エリアでチューリップフェアを開催!
『 Tokyo Marunouchi Tulip Fair 2010 』
http://www.tokyo-event.jp/details/11294179.html
TEXT:風原 蒼(かざはら・そう)
大学で教鞭をとるかたわら、年に数回、ヨーロッパに滞在し、文化、都市に関する研究を重ねる。
特に20世紀初頭のバウハウスに関しては造詣が深い。
EDIT:ヴァーティカル
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| CATEGORY : City | TAG : CITY, 都市のスピリット |
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