大手町・丸の内・有楽町の人々にスポットライトをあて、この“まち”の現在・過去・未来を紐解いていきます。
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「伝統」と「革新」の街、丸の内で カーディナルが生み出した「夜」の歴史

アンティカ・オステリア・デル・ポンテ
P.C.M. パブ・カーディナル・マルノウチ
株式会社カーディナル
代表取締役社長 三好康弘さん

東京を一望できる「丸の内ビルディング(丸ビル)」最上階の36階に位置する最上級イタリアン、アンティカ・オステリア・デル・ポンテ。さらに「東京ビルTOKIA」1階で、丸の内の「夜遊び」をリードしてきた、P.C.M.パブ・カーディナル・マルノウチ。両店の仕掛人である、株式会社カーディナル代表取締役社長の三好さんに、丸の内の「夜」のこれまでとこれからをお聞きしました。

イタリア・ミラノの名店、最初で最後の支店を丸の内へ

丸ビル36階には、ミラノで2番目にミシュラン三ツ星を獲得した名店、アンティカ・オステリア・デル・ポンテの「最初で最後の支店」が存在します。運営するのは株式会社カーディナル。5坪のカフェから約125坪の「サバティーニ・ディ・フィレンツェ東京店」まで、幅広く飲食店を運営している同社は、丸ビルグランドオープン時から、この場所で最上級のイタリアンとおもてなしを提供しています。

「丸ビル建設計画をお話しいただいた23年前、弊社としても新しく旗艦店を作る計画がありました。そこでイタリアに約1ヵ月間視察に行き、20店舗ほどのイタリアンを食べた中で一番美味しかったアンティカ・オステリア・デル・ポンテと交渉。オーナーのエツィオ・サンティン氏を丸の内に招請し、まだ建設中の丸ビルにヘルメットを被って工事用のエレベーターを使い、窓もない中で案内したのが懐かしいです」。
熱心な交渉と、同社が30年以上イタリアンを経営している実績、総料理長のステファノ・ダル・モーロ氏の技術、それらの要素からエツィオ・サンティン氏も出店を承諾しました。しかし、当時の丸の内はオフィス街。土日には人が歩いていない状況だったと言います。
「大丈夫かなという気持ちもありましたが、街の『拡張性』が唯一無二であると感じました。丸ビルは単なる商業施設ではなく、20年、30年先に大手町・丸の内・有楽町エリアが大きく変化する計画の第一歩だった。歴史ある日本一のオフィス街で、皇居も有する丸の内に新しい街を作るという、『伝統』を重んじながら『革新的』な開発を進める姿勢に、ぜひここに旗艦店を!と、決断しました」。

丸の内でも本場イタリアと同様の質の高いサービスと料理にこだわり続けた結果、イタリア政府機関「在日イタリア商工会議所」による「イタリアホスピタリティー国際認証マークMOI」も受賞しました。

「本店で提供している、ロンバルディア料理をベースにイノベーティブ要素を付け足す、まさに丸の内と同じ『伝統と革新』を融合させたメニューを再現するために、総料理長は本店に研修へ行っています。そして今でも年に一度はエツィオ・サンティン氏を招請し、サンティンイズムをしっかりと継承する。さらに内装もイタリアの職人が作っています。モザイク壁画、フローリングも本場から。シャンデリアもヴェネツィアン・ガラスを使うなど、店内装飾も徹底してディテールにこだわり、気づいたら総工費は5億円以上になっていました」。

オープン当時、細部にもこだわり抜いたそうです。
「これは常連様にプレゼントした小さなキャセロール。イタリア語で『食いしん坊』という意味で、個室の名称にもなっている『ゴロージ』から、『クラブゴロージ』を設立。常連様には会員になっていただき、その会員証です。純度98%のシルバーでできています。世界のハイブランドジュエリーを製造しているタイの工場で、設計からこだわって作ったんですよ」。

伝説のパブ「カーディナル」復活で 丸の内のナイトシーンが生まれる

そして、2005年「東京ビルTOKIA」グランドオープン時には、丸の内では数少ない深夜営業のバー、P.C.M.パブ・カーディナル・マルノウチも出店。70年代、六本木で一世を風靡した伝説のバー「六本木パブカーディナル」の復活です。
「六本木では『ネイバーフッドバー』というコンセプトのもと、芸能人や作家など著名な方に毎晩訪れていただきました。当時のお客様から復活の要望もありましたし、弊社としても創立70年が経ち、リブランディングを考えている頃だった。その時にTOKIA出店のお話をいただいて、新しいパブカーディナルを丸の内で作ることを決めました」。

新たな伝説を生み出す地に、丸の内を選んだ理由とは。
「三つあるのですが、一つ目はリブランディングにあたり、新しい『夜の象徴』を作りたかったこと。あえてまだナイトシーンが確立していない丸の内に白羽の矢を立てました。丸ビルオープン後、丸の内の人の流れも変わりましたが、ディナー以降に行ける深夜営業をしている店はほぼない状況。でも、丸の内で働くOLやサラリーマンはナイトシーンを求めているはずだと感じていました。二つ目は、TOKIAオープン時の『丸の内の夜、はじまる』というコンセプト。まさに弊社がやろうと思っていたことだったので親和性を強く感じましたね。そして三つめは最高のロケーション。東京フォーラムや近代的なビル、緑も見渡せる1階のテラス席。これらの要素に惹かれ、パブカーディナルの復活はここだ! と思いました」。
そして営業時間を朝4時までにすることで、丸の内の夜をグッと盛り上げることに。
「『ネイバーフッドバー』というコンセプトは継承しつつ、丸の内にはさらに『音楽』の要素もプラス。1,400万円かけた音響システムでDJがセレクトした音楽を毎日流しています。六本木時代を彷彿とさせるオーセンティックなバーラウンジで食事をするもよし、音楽を聞きながらカウンターバーや、近代的な建築と伝統的な緑を一望できる新たな『丸の内らしさ』を感じるテラスで飲むもよし。この街を活かしながら我々が演出したい『夜の楽しみ方』をプロデュースしていきました」。

アフターコロナ、丸の内の「夜」はどう変わる

正統派イタリアンと、伝説のバーで丸の内の『夜』のカルチャーを創り上げたカーディナル。アフターコロナではどう変わるのでしょうか。
「ナイトシーンがコロナ前の状態に戻るのは当分先だと感じています。例えば毎日来てくださっていた方が週1回の来店になってしまう。そこは真摯に受け止めて、より濃密な時間を提供して『やっぱり夜遊びっていいよね』と思ってもらえるような店づくりが必要。仕事でコミュニケーションの機会が減っているからこそ、お酒を飲みながら話をして自分を解放できる場所が求められています。だからこそ接客、ホスピタリティー、料理、雰囲気、さらに感染対策などの安全性も提供しなければなりません。両店とも、引き続き『伝統』を守りつつ、新しいライフスタイルに合わせた『革新』を。今後も安全に『丸の内の夜』を楽しめる店として努力していかなければと考えています」。

Text: Emiko HishiyamaPhoto: Natsuaki YoshidaEdit: TOKYO GRAFFITI