大手町・丸の内・有楽町の人々にスポットライトをあて、この“まち”の現在・過去・未来を紐解いていきます。
03

老舗和菓子店・翠江堂から見た 人情味溢れる街、大手町

御菓子司 翠江堂
代表取締役 さん

1958年に東洋一のマンモスビルとして竣工した「大手町ビル」。「100年ビルへの挑戦」として2018年から行われていた大規模リノベーションが、今年2021年に竣工しました。
この大手町ビルの地下2階に2013年から店を構えるのが老舗和菓子店、翠江堂大手町店。1943年から中央区新川に本店を構える同店がなぜ大手町・有楽町への出店を決めたのか、そして新しくなった大手町ビルから見える現在の景色とは。大手町ビルへご出店を決められたキーパーソンである三代目代表取締役であり、和菓子職人の厚海さんに、その想いをお聞きしました。

古き良き時代が受け継がれている大手町ビル

1943年創業の和菓子店、翠江堂。「素材を生かして、ひとつひとつ丁寧に」をコンセプトに、職人の手作業で、保存料を使用しないこだわりの和菓子を販売しています。看板商品の「苺大福」は毎日昼過ぎには売り切れるほどの人気を博すなど、多くの人に愛され続けている同店。現在、本店のほかに大手町ビルと新有楽町ビルにも店を構えています。なぜこの場所への出店を決めたのでしょうか。

「『憧れの地』であったことが大きな理由です。弊社はビジネスの手土産として購入していただくことがとても多いので、日本有数のオフィス街である大手町・丸の内・有楽町エリアにはいつか出店したいと考えていました。また、私は本店がある新川で生まれ育ったので、子どもの頃からこのエリアは『カッコイイ大人が働いている』洗練された街というイメージもありましたね」。
憧れだったからこそ、実際の出店へはハードルの高さも感じたそう。しかし、出店の話があり、初めて大手町ビルを見た際に「ここしかない!」と一目惚れしたと言います。
「古き良き時代のものを継承している点にとても魅力を感じました。例えば、今の時代では考えられないほど贅沢に大理石が使われていたり、エレベーター横に『行商はお断りします』という看板が残っていたり(笑)。良い意味できらびやか過ぎず、流行に左右されない姿勢に弊社との親和性を感じました。大手町ビル出店のプロジェクトは、ちょうど私が社長に就任する間際のタイミング。絶対にこの地に出店したいという思いが強すぎて、先代の父に相談もせずに即決してしまったほどです」。

ビジネス街なのにアットホーム 横のつながりを大切にする大手町の人々

そんな大手町ビルは、都会の中心にありながらもどこかホッとできる不思議な魅力があるのも特徴的です。
「商業ゾーンには名だたる名店も軒を連ねていますが、とてもアットホームな雰囲気です。出店時には、何十年も前から店を構えている先輩方から『真面目に(お店を)やっていれば、必ずいいお客さんがつくからがんばって』と励ましの声をいただきました。実際、弊社もパッケージの派手さやお金儲けよりも、真面目に和菓子を作ることにこだわっています。その点が『本当に美味しいもの』をたくさん知るビジネスマンの方が受け入れてくださっている理由かもしれません。また、ビル内の他の店舗からのご紹介でわざわざお越しいただくお客さんも多く、横のつながりも強く感じますね」。
大手町店の店舗デザインも、敷居の高さより「親しみやすさ」を大切にしたそう。店内装飾にスタッフ手書きのイラストと解説を使い、季節ごとに張り替えるなど、落ち着く雰囲気が溢れています。

「創業以来、地域密着型の営業をしていたので、大手町や有楽町でも下町のような情緒は残しています。そのためか、ビジネスでの利用以外にも自分用のおやつとして1個だけ買われるお客様も多くいらっしゃいます。また、創業時から販売をしていながらも一見すると手が出にくい、梅の甘露煮が入った『そがの里』も、こちらがオススメしたら『じゃあ試してみるよ』と購入してくださることも。お客様の温かさは常に感じます」。

大手町店開業から1年後にはこんなエピソードも。
「大手町店では年に一度、『感謝祭』というイベントを行っており、『苺大福』を半額で販売しています(※現在はコロナ禍により中止)。最初の年には開店前から50人以上の方が並んでくださり、開店時に『皆さま本当にありがとうございました』とご挨拶をしたら、お客様から大きな拍手をしていただいて。スタッフ一同、涙が出そうになりました。ビルがリノベーションして新しい環境になった今でも、お客様や他の店舗の方のご厚意は変わることなく、皆様に支えていただいております」。

歴史を大切にしながらも 街も前進しなければならない

現在、有楽町店が店を構える「新有楽町ビル」は建て替えが決定しています。今後の街の変化に対してはこんな想いが。
「街が変わり、人の流れが変わり、やはり前進するべき時なのだと思います。歴史あるビルがなくなってしまうのは寂しいことでもありますが、過去にすがっているだけではいずれ飽きられてしまう。現在の大手町・有楽町のように街の歴史を大切にしながら最先端の側面を取り入れ続けることが、大切なのだと思います」。

伝統を守る和菓子作りにも同じことが言えるそうです。
「弊社も初代である祖父が考案したレシピをベースに、季節や時代に合わせて味の改良を続けています。やはり新しいことを取り入れる勇気も必要。実は、『苺大福』の販売も、当初祖父は反対していました。でも、祖父が旅行に行っている間に父がこっそり売り出してしまったのが始まり。結果、今では看板メニューに。これからも、真面目に、丁寧に和菓子作りに向き合い、お客様を大切にしながら前進していきたいと思います」。

Text: Emiko HishiyamaPhoto: Natsuaki YoshidaEdit: TOKYO GRAFFITI