大手町・丸の内・有楽町の人々にスポットライトをあて、この“まち”の現在・過去・未来を紐解いていきます。
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アートとそこに集う人々が変える 有楽町という街の無限

「CADAN」代表理事・小山登美夫ギャラリー代表 小山登美夫
一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパン(CVJ)・編集者・コンサルタント 深井厚志
三菱地所株式会社プロジェクト開発部有楽町街づくり推進室 有光頼幸

アートを一つの基軸とした再構築が進む有楽町の新たなランドマークとして、丸の内仲通り沿いに2020年7月、「CADAN有楽町」というギャラリーが誕生しました。オープンから1年半を経た今、同ギャラリーはどんな現在地に立ち、さらにここから、有楽町はどう「アートのある街」として変貌していくのか? キーパーソンの3人にお話をおうかがいしました。

ビジネス層をも刺激する現代アートを様々な手法でオフィス街にインストール

小山 「CADAN有楽町」は、アートの発展に寄与することを目的に全国の現代美術ギャラリーが加盟する非営利団体として7年前に設立された一般社団法人日本現代美術商協会(Contemporary Art Dealers Association Nippon: CADAN)が運営するギャラリーで、2020年の7月にオープンしました。今現在50を数えるメンバーギャラリーが2〜3週間ごとに交代で展覧会を開催していますが、丸の内の仲通り沿いのコーナー、しかもザ ・ペニンシュラ東京の斜向かいの路面という好立地が、我々の団体をパブリックなものにしてくれたと感じています。そもそも深井さんから声をかけてもらうまで、CADANでギャラリーを持つなんて、考えてもいなかったんですよ。

有光 もともと我々三菱地所が始動させている有楽町エリアの再構築にあたって、アートを一つの基軸としていこうという動きがありました。とはいえ、アートを街にインストールするときに、いろいろなやり方がある。そこで深井さんをはじめとする一般財団法人のカルチャー・ヴィジョン・ジャパン(Culture Vision Japan: CVJ)に相談をさせていただくなかで、路面の店舗に「商業だけでなくギャラリーという機能も入れていけたら」という話になったのが、きっかけでしたね。

深井 カルチャー・ヴィジョン・ジャパンという財団は、産官学×文化芸術の共創のプラットフォームとして活動をしているんですが、いわゆるアート業界と企業の間をつなぐような役目もあり、双方のメリット、ないしデメリットも含めて、調整役を担わせていただいています。有光さんから最初に相談をいただいたときにあらためて感じたのは、東京に一等地と呼ばれる場所はたくさんあれど、皇居にも東京駅にも近い有楽町を含む大丸有地区(大手町・丸の内・有楽町)はまさに東京の中心であり、他とは全く性質の違うオンリーワンの場所だということ。そういう意味でギャラリーをご紹介するにしても単に良いギャラリーを呼ぶというよりは、「もっと求心的な動きを呼び込まないと、この街のポテンシャルを引き出せないんじゃないか」と思い、マーケットサイドの動きのなかでは中心的な団体であるCADANさんに声をかけさせていただきました。ここ有楽町ではこれまでも、1970年代に始まる丸の内ストリートギャラリーなど、いろいろなアートの試みをされていますけど、そうした現代アートの文脈をもっと強化すべきだと考えたのも、もう一つの理由ですね。

小山 CADAN有楽町が入らせていただいた一角にはもともと紳士服店が入っていて、今のギャラリーの壁なんかに以前の店舗のテクスチャーがなんとなく残っているのも、現代美術の環境にとってはすごくよかったと思っています。ツルツルのホワイトキューブとかじゃないラフな感じがね。あと2〜3週間ごとに加盟するギャラリーの展示がどんどん変わっていくのも、面白がってもらえている感触があります。

深井 洋服屋さんもスイーツ屋さんも、そんなに頻繁にディスプレイを変えないじゃないですか。でも、ギャラリーであれば当然のように数週間から一か月に一度の展示替えがあるので、そういう点でも有楽町という街と相性が良かったんじゃないかなと思います。それと一般的なギャラリーは展示壁をより多く確保するためにも窓がないことが大半ですけど、CADAN有楽町はもともと商業向けの路面の区画で大きな窓があるので、通りを歩く人にあえてアートの裏側を見せる展示など、ギャラリーにとってもここならではの環境を活かして新しい手法を獲得しているように感じますね。

小山 群馬県の高崎市にあるギャラリーでCADANに加盟いただいている「rin art association」のような地方のギャラリーの展示だったり、ほかにも若いアーティストのグループ展なんかを有楽町で見ることができるというのも、今まではなかった。アーティストだけでなく彼らの親にしても「自分の子どもが有楽町という立派な場所で展示をやっている」という嬉しさがあるでしょう(笑)。なにより、CADAN有楽町を1年半やってみて有楽町という場所がとにかくアクセスがいいことをあらためて実感していますし、ビジネス層をはじめとした美術とは関係ない人たちとも接点があって、路面店なのに商業の店ではないという点でも新鮮味を感じてもらっているんじゃないかな。

深井 一方で三菱地所さんとしても、CADAN有楽町がこれまでのテナントとは全く勝手が違うというところで、限界を超えて調整をいただいている部分が大きいだろうと察しています。そうして双方がバウンダリーを超えてつながろうとする向きがつくれたことも、大きな収穫でした。今のような時代になると、ジャンルとか肩書きに閉じ込められているのではなくそこを超えていかないと、新しい社会とか未来の景色はつくることができないですよね。

有光 当社と現代アートの関係でいうとこれまではイベンティブなものが多かったんです。もちろん三菱一号館美術館はありますが、CADAN有楽町という常設的な場所が確保できて、時間をかけながら「アートがある街」というものを伝えていける基軸ができたことは、本当によかったと思っています。コロナ禍でのオープンではありましたけど、逆に家で過ごす時間が増えたなかでアートを購入してみようというムードが広がったことや、近年のアートバブルもまた、CADAN有楽町への関心を支えてくれたように感じています。

深井 今年はコロナと共存しながらも、より海外との行き来や経済活動が再開していくだろうと予想していますが、コロナ禍ではできなかった当たり前の風景をあらためてつくっていきたいですよね。ギャラリーにはいろいろな機能がありますけど、一つには人が集まる場所というものがあります。展覧会、あるいはオープニングのレセプションのたびに、アーティストやキュレーターだけでなく、アートが好きな人たちが、CADAN有楽町でいえば丸の内仲通りのような路上にも溢れるほど集って、新しい人と出会い、いつまでもアートを介して話し込むような風景。オンラインにはない、街の中にあるからこそ起こることです。それに、二次会や三次会にぴったりのお店も、有楽町にはたくさんありますからありがたいですね。

小山 レセプションのときには通りを挟んだ「PRONTO」でビールを買ってきてもいいしね(笑)。

有光 CADANができたことで、「アートがある街」としての有楽町が少しずつ認知されている実感があるので、ここから数年は、ビジネス街においてアートがある価値をいよいよ発展させていく段階になりますね。

小山 以前にこの界隈で働く人が早起きして様々なコンテンツを学ぶ「丸の内朝大学」に講師として行ったことがあるんですけど、それこそ朝7時から多くの人が受講していて「なんで早朝からこんなに人がいるんだ!」と驚いたんですよ。そういう意味ではオープニングレセプションだけでなく、今はあまり実施できていないアーティストのレクチャーももっと頻繁にやっていきたいし、ビジネス街というのは、学ぶことや知りたいことがある人たちがいる街、とも言えるんじゃないかな。あと驚いたと言えば、CADAN有楽町が入っている有楽町ビルのお隣、新有楽町ビルの1Fの路面に昨年末に登場した「ソノ アイダ #新有楽町」にも、びっくりしましたよ!

有光 借し物件や空き物件、なにか意味が移行するまでの呼称のない“その間”を空間メディアとして活用する「ソノ アイダ」というアートプロジェクトを、アーティストの藤元明さんがいろいろな場所で続けてらっしゃって、やはり深井さんにご紹介いただいたんです。ある日、藤元さんも交えて有楽町を歩いていたら、偶然にもテナントの入れ替え期間で空いている区画があって「ここで何かできませんか?」ということになった。今は「ARITIST STUDIO」と題して、アーティストが自分の制作環境を移設し約1カ月半をかけて期間作品を制作しながら、その営みそのものを展示し、作品販売も行っています。

小山 まさにオフィス街を歩いていたら作品を制作しているアーティストのスタジオが目に飛び込んできて、しかもそれを日々眺めることができるというのは、斬新ですよ。

深井 「ソノ アイダ #新有楽町」に先駆けて、2020年の秋に「ソノ アイダ #有楽町」として同じ有楽町の国際ビルのやはり空き店舗で、アート×ファッションの展示として「ANREALAGE(アンリアレイジ)」とコラボレーションしたポップアップ展示などもやりましたね。その際は2カ月超の期間限定の企画でしたが、今回は有楽町の数あるブランド店にテナントの一つとして、こうしたアーティスト発の試みが並んでいるのが面白い。

有光 「ソノ アイダ #新有楽町」ではそうした展示に留まらず、常にアーティストが滞在して制作活動を行っているわけですから、実際に“アトリエ”にお邪魔して直接アーティストたちと話をし、日々変わっていく制作の過程を見ることができてしまう。こんな経験自体なかなかできるものではありませんが、それがビジネス街である有楽町で起きているのが面白いですね。こうしたアーティストの制作活動そのものを街にインストールすることで、アートファンだけでなくビジネス層にも刺激的な体験になるんじゃないかと思っています。

小山 僕のギャラリーがある六本木はすでにアートの街という認知がありますけど、アートの文脈がなかった有楽町でとんがった現代アートを見せていくというのは、やっぱりインパクトが大きいですよ。

深井 アートといえど、結局は“人”だと思うんです。作品は一つの触媒でしかなくて、それを通じていろいろな立場の人たちが集まってくる場所があることが大事なのかなと思います。そしてアーティストやアートの関係者に街づくりに参画してもらうことで、ひょっとしたら今まで三菱地所さんとして価値があると思わなかったものがコンテンツとして浮き上がってきたり、そこから、将来の街の姿が全然違ったものになるかもしれない。

小山 ただ、三菱地所がもっているビルの壁に作品を展示することだけをとっても、ギャラリーのホワイトキューブのように簡単にはいかないわけで、テナントもいっぱいあるから、結構な調整がいるんですよね。三菱地所さんとは丸の内を舞台に2007年から始まった「ART AWARD TOKYO MARUNOUCHI」という、次世代のアーティストの発掘と育成をテーマにした現代美術の展覧会でも審査員としてお付き合いをさせていただいていますけど、その展示の必要な調整事項を知るにつけても、痛感します。

深井 一方で、そこの読み方を変えることができれば、今まではあり得なかったようなかたちで新しいものが生まれる可能性、アートがもっと入っていける場所というのは、むしろ無限にあるようにも感じます。簡単ではないかもしれないですけど、企業がいて、店舗があって、膨大な量の壁がある有楽町に設置するからこそ、見えてくるアートの景色がある。ここからはその可能性に少しずつトライして、最大限まで広げていけるといいなと思います。

有光 この3月には、CADANさんに協力いただき、有楽町側の丸の内仲通りのショーウインドーや店内をアーティストたちの作品が彩る「有楽町ウィンドウギャラリー」を開催する予定です。また、5月31日までは、アートアーバニズム(※アート+アーバニズムを掛け合わせたアートによるまちづくりをあらわす造語)による4カ月のパイロットプログラム「YAU(ヤウ)」も展開中です。有楽町で2020年より協働してもらっているTOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCHと、パフォーミングアーツを中心としたコレクティヴbenchという2団体が有楽町ビルの10階でスペースをシェアして活動を行っており、またソノ アイダとは違ったコラボレーションが生まれる予感があります。オープンスタジオの期間もあり、スクールプログラム「YAU CLASS」や演劇ワークショップなど、一般募集するものも予定されているので、有楽町のオフィスワーカーはもちろん、この街に来る機会がある方々にはこちらもぜひ、注目してほしいですね。

Profile
小山登美夫
1963年生まれ。東京藝術大学芸術学科卒業。西村画廊、白石コンテンポラリーアートでの勤務を経て、1996年に江東区佐賀町に小山登美夫ギャラリーを開廊、同ギャラリーを現在は六本木にて主宰する。2015年より日本現代美術商協会(CADAN)代表理事。
深井厚志
1985年生まれ。英国立レディング大学美術史・建築史学科卒業。美術雑誌『月刊ギャラリー』『美術手帖』編集部を経て、公益財団法人現代芸術振興財団に勤務。2019年より一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパンに参画する傍ら、美術編集者、アートコンサルタントとしても活動。
有光頼幸
1978年生まれ。東京大学大学院都市工学専攻卒業。2004年入社。入社以来、ビル開発・運営管理を担当し、2019年4月より有楽町エリアの街づくりを推進。以降、エリア全域のハード面のみならずソフト面の再構築を行うために、リノベーション計画、拠点直営施設(SAAI・micro)の計画・運営、アート関係の各取り組みなどを推進。
Photos: Natsuaki YoshidaInterview & Text: Yuka Okada(81)
―今後の予定―
■ソノ アイダ #新有楽町
ARTISTS STUDIO
2022年4月24日(日)まで
やんツー水戸部 七絵
2022年5月10日(火)〜6月26日(日)
藤崎 了一Hogalee
OUT SCHOOL
2022年4月中旬よりスタート予定
■有楽町アートアーバニズムYAU
2022年5月頃、成果発表展を予定