1951年、岩手県生まれ。父は彫刻家・舟越保武。父の影響で子供のころより彫刻家を志す。75年、東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻卒業。77年、東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。性別を感じさせない半身の人物像を特徴としており、2005年からは動物の耳をした、人間と動物との混交像「スフィンクス・シリーズ」を手がけている。
日本を代表する彫刻家、舟越桂さん。木彫を基軸に、神秘的かつ静謐で瞑想に誘うような人物像を生み出すことで知られる舟越さんは、今回ブロンズ像を発表します。頭の上に建物や本のモチーフが乗っかった、すこしふしぎな彫刻、どんな背景から生まれたのかをお聞きしました。
——今作にはどのようなメッセージを込めたのでしょうか?
一昨年くらいからデッサンをするなかで、人が持っている「記憶」や「想い」というものについて考えていて、それらを象徴するものを人の頭にくっ付けちゃおう、というアイデアがありました。何らかのモチーフを人の体にくっつける手法自体は木彫でもやってきましたが、頭部につけるのは初めてです。今回(ブロンズ彫刻の原型として)粘土を使う仕事をいただいたものですから、せっかくなので試してみたいと思いました。
この人(彫刻)は自分のなかを見つめながら、自分自身の記憶や想いと向き合っているのだと思います。これまでの僕の作品もだいたいそういうつもりで作っていますが。
——像の頭の上には、木や建物、本のモチーフが見えますね。
あ、ちゃんと木に見えますか、それならよかったです(笑)。ここで表現したいものとして、「言葉」や「自然」、そして「人が信じていること」というアイデアがありました。本作と並行して小説家の萩原朔太郎に関するプロジェクトを手がけていまして、彼のフランスへの憧れもこちらに反映されています。
まず頭の左側にある建物は教会ですね。そして、本は「言葉」を象徴するものです。そして並木道。記憶や思い、人が抱えながら生きていくものを表したいと思って、これらのモチーフを選びました。
僕は昔から、人間が作り出したいちばん美しいものは本ではないかと思っているんですね。美術や音楽より、本はすごいのではないか、と。わずかな厚みのなかに、世界や宇宙まで入ってしまうようなものですから。絵画でもある程度は宇宙を描いたりできるけど、彫刻には難しいですし、本は場所を選ばずに広がり、万人に届くという点もすごいものだと思います。またヨーロッパで衝撃的に美しい本をいくつか見たことも鮮明に記憶していて、その影響もあるかもしれません。
——今作は以前からデッサンでイメージを膨らませていたとのことですが、作品のアイデアは普段から描き留めているのでしょうか?
そうですね。思いついたことはスケッチブックなどにがちゃがちゃーっと描いてみて。理論的に頭で考えてからつくることは少ないです。偶然頭に浮かんだアイデアはすぐに描き留めていきます。そうすると、時々変なかたちが出てくることもあるんだけど、「ここはもしかしたらこういうふうに見えるかな?」「変じゃないかな? 面白いかな?」と可能性が見えたものは残しておきます。
そして何年か経って、テーマを考えているときに「あのときのデッサンは使えるかもしれない」と思いついたときに、初めて作品として昇華されるものもあります。
——木を削っていく木彫と、モノを付け足していく粘土とではプロセスが正反対に思えますが、今回の制作はいかがでしたか?
久しぶりの粘土だったので、楽しかったですね。付けることと削っていくことは正反対のようだけど、僕のなかであまり違和感はありません。子供の頃から大学時代まではずっと粘土をやっていましたから。木彫は大学院の終わり頃に、聖母子像の制作を頼まれて本格的に始めました。木彫とブロンズで方法は違うけれど、到達点は同じだと思っているので、あまり差を意識したことはないですね。
——「丸の内ストリートギャラリー」の舞台となる丸の内仲通りについて、どのような印象をお持ちでしょうか?
若い頃から映画に行くときなどに通っていたものですから、広くて開放感もあって、好きな場所のひとつでした。以前には、陸上選手の為末大さんが丸の内仲通りでデモンストレーションをされていて(2007年「東京ストリート陸上」)、こういう取り組みができるのはいい通りだなと感じたこともありました。
彫刻作品がだんだんと増えていくなかで、(彫刻家で友人の)三沢(厚彦)の作品をはじめ、友人たちの作品を目にする機会が増えて、うらやましく思っていたんですよね。ただ私は木彫だから声がかかることはないだろうな、と思っていたところ、今回「ブロンズでやりませんか」とお声がけをいただいて、とても嬉しかったです。
——屋外での展示の機会は珍しいとのことですが、パブリックアートとして見られることをどのように感じられますか?
いつだってこわいですよ。これは美術館での展覧会でもそうですが、作品を人前に出すときは常に緊張感がありますね。どのような反応があるのか、展覧会初日や内覧会の日はいつもドキドキしています。作品を見た人から「きれいね」という声が聞こえてくるときは、こわばっていた体が溶けるようにほっとしますね。
——最後に「丸の内ストリートギャラリー」について、メッセージをお聞かせください。
「丸の内ストリートギャラリー」は作家の人選も冴えていて、いろんな作家の力作が並んでいると思います。現代美術をいいかたちで、通りに生かしてくれていると感じます。そこに参加できるのは、嬉しいしありがたいですね。丸の内仲通りがアート作品を含めて、見る人に喜んでもらえる通りになるといいなと思います。